名古屋地方裁判所 平成3年(行ウ)51号 判決 1993年3月26日
原告 加藤元人
被告 大治町長
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、別紙物件目録記載二の土地につき、昭和六〇年三月三〇日付けでした道路供用開始処分が、無効であることを確認する。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、昭和三九年四月一八日、別紙物件目録記載一の土地(以下「原告共有地」という。)を、堀久子とともに買い受け(持分は各二分の一)、同年五月八日所有権移転登記手続を了した共有者である。
2 被告は、原告共有地の北側の一部である別紙物件目録記載二の土地(以下「本件土地」という。)につき(ただし、その面積については争いがある。)、大治町道として、昭和六〇年三月三〇日付けで、路線の認定(道路法八条)、道路の区域の決定(同法一八条一項)及び道路の供用の開始(同条二項。以下「本件処分」という。)をした。
3 その後、被告は、本件土地について、昭和六三年九月二六日付けで道路の供用を廃止したが、同年一〇月二八日付けで右供用廃止処分を取り消した。
4 本件土地につき、道路法三二条の道路の占用の許可の申請はされていないし(弁論の全趣旨)、原告が同法七一条の監督処分を受けるおそれもない。
二 争点に関する当事者の主張
1 本件訴えの適法性(本案前の争点)
(一) 被告
本件処分については後続処分がされるおそれはなく、また、仮に本件処分が無効であるとすれば、原告は、本件処分の無効を前提として、本件土地の所有権に基づいて、その所有権の確認、明渡請求等の現在の法律関係に関する訴えを提起することができ、これによってその目的を達することができる。
したがって、行政事件訴訟法三六条により、原告は本件訴えの原告適格を欠くものであり、本件訴えは不適法である。
(二)原告
被告は、本件処分後も本件土地を町道として管理しており、これが後続処分に当たるし、被告が町道として管理していることをもって本件土地の時効取得を主張するおそれもある。
また、被告は所有権を取得したものではないので、所有権の確認という問題は生じないし、本件土地は本件処分以前から私道として使用されており、原告において私道そのものの明渡しを求める必要はない。要するに、被告が権原を取得することなく本件処分をしたことは無効であるが、外観上本件処分が存在することになっているので、その無効確認を求めるものである。したがって、原告は、本件処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによっては目的を達することができないものであり、むしろ、本件訴えのとおり、本件処分の無効確認を求める方がより直截的で適切な争訟形態である。
したがって、本件訴えは、行政事件訴訟法三六条の要件を備えており、適法である。
2 本件処分の無効事由の存否(本案の争点)
(一) 原告
(1) 被告は、原告及び本件土地共有者に何らの接触もなく、全く無断で供用開始の告示を行ったものであり、本件土地を道路とすることについて権原を取得していない。したがって、本件処分には重大明白な瑕疵がある。
(2) 被告は、前記第二の一2のとおり、道路の路線の認定、区域の決定及び供用開始を同日付けで行っている。そのため、区域表示図面の縦覧期間(告示の日から二週間)を経ずに供用開始したものであり、手続上も重大明白な瑕疵が存する。
(二) 被告
本件道路は、昭和三九年二月ころに拡幅されて現在の幅員となったが、その工事の際、大治町(当時は大治村)は、本件土地の当時の所有者亡八神関太郎から承諾を得た。原告は、本件土地が道路として使用されていることを知りながら買い受けたものである。
また、大治町は、本件道路の側溝工事を行い、昭和五五年三月に完成したが、同工事については、原告及び共有者堀から昭和五三年一一月九日付けの承諾書を得ている。したがって、原告は、大治町が本件土地部分の南辺に側溝を設置することを明確に承諾し、本件土地部分を道路敷として提供したことを確認しかつ承諾したものである。
以上のとおりであるから、被告は、本件土地について道路敷として使用する権原を取得している。
第三争点に対する判断
一 本件訴えの適法性について
1 行政事件訴訟法三六条によれば、処分の無効確認の訴えは、当該処分に続く処分(後続処分)により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができると定められている。
2 右の要件のうち、まず、原告が後続処分により損害を受けるおそれのある者に該当するかどうかという点について検討する。
本件処分は道路法一八条二項による道路の供用の開始行為であるが、これは道路を一般の交通の用に供する旨の意思表示であり、道路を最終的に成立させる行政処分であると解される。したがって、供用開始処分に続いて土地所有者の法的地位に影響を及ぼすような後続処分がされることは、通常の場合、予想することができず、供用の開始がされた道路を道路管理者が管理する行為自体は、右のような後続処分ではないというべきである。
もっとも、道路法には、道路の占用の許可(三二条)、道路管理者による監督処分(七一条)等に関する規定が置かれており、これらの処分は、供用開始処分とは一連の手続を構成する関係にあると解されるから、行政事件訴訟法三六条の後続処分に当たるということができる。しかしながら、同条にいう「損害を受けるおそれのある者」とは、当該処分について一般的、類型的に原告に損害をもたらすような性質の後続処分が法令上規定されているというだけでは足りず、当該事案においてそのような後続処分が現実に行われるおそれが存することが必要であると解するのが相当であり、本件においては、前記第二の一4のとおり、本件土地に関して道路の占用の許可の申請はされておらず、また、原告に対し道路法七一条の監督処分がされるおそれもないのであるから、後続処分により原告が損害を受ける具体的なおそれはないというべきである。
したがって、本件の原告は、後続処分により損害を受けるおそれのある者には該当しないというべきである。
3 次に、「当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」場合に該当するかという点について検討する。
右の要件の意義については、当該処分に基づいて生じる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもとより、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味するものと解される(最高裁平成元年行ツ第一三一号同四年九月二二日第三小法廷判決・裁判所時報一〇八三号二頁参照)。
本件についてこれをみるに、道路法四条は、道路を構成する敷地、支壁その他の物件については、私権を行使することができない旨を定めているが、道路の供用開始処分が無効であるとすれば、その敷地となっている土地は未だ右の意味での道路を構成するものではないこととなり、右の私権の制限は生じないものと解される。したがって、土地所有者は、道路の供用の廃止を経ることなく、供用開始処分が無効であることを前提として、道路管理者に対して、その所有権に基づいて、所有権の確認、土地の明渡し、賃料相当損害金の支払等の請求をすることができるというべきであるから、現在の法律関係に関する民事訴訟を提起することが可能であり、これによって、その目的を達することができるということができる。しかも、右のような現在の法律関係に関する民事訴訟の方が、供用開始処分が無効であることを確認するに過ぎない無効確認訴訟よりも、より直截的で適切な争訟形態であることは明らかである。
なお、原告は、被告は所有権を取得したものではないので、所有権の確認という問題は生じないとか、本件土地は本件処分以前から私道として使用されており、原告において私道そのものの明渡しを求める必要はないとし、したがって、現在の法律関係に関する訴訟によっては目的を達することができない場合に当たると主張するけれども、被告が権原を取得することなく本件処分をしたことがその無効事由に当たると主張するけれども、被告が権原を取得することなく本件処分をしたことがその無効事由に当たると主張して本件訴えを提起している以上、原告は、前記のとおり、現在の法律関係に関する民事訴訟によってその目的を達することができると解すべきであり、原告の主観的な意図によって、右の要件の存否が左右されると解すべき理由はない。
したがって、本件においては、「当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」場合にも該当しないというべきである。
4 右に述べたところによれば、原告は行政事件訴訟法三六条の定める原告適格を有しないものといわざるを得ない。
二 結論
以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、本件訴えは不適法であり、却下すべきである。
(裁判官 瀬戸正義 後藤博 入江猛)
別紙物件目録<省略>